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丸岡町赤坂の白山神社境内にある 新善光寺跡 の写真です。今では石碑 があるだけですが、この辺りは結構興味深い歴史がたっぷりあります。石碑の横の看板には1195年に僧定尊が阿弥陀増をつくり、赤坂を有緑の地として七堂伽藍を建立し赤坂新善光寺と称した。※一部省略。となっています。まず、この像定尊というお坊さん?は長野県の善光寺の方で、夢のお告げを受けて阿弥陀像を作り全国四十八箇所に安置したということのようです。そのひとつが赤坂新善光寺だったようです。その後戦乱で焼失 武生へ阿弥陀像を移したようです。また、斯波高経【(しば たかつね)※足利高経とも言われる。】が新田義貞との戦いでこの地に新善光寺城を築いたのですが〜また兵火にあった といわれます。斯波高経といえば、新田義貞を討ち取った北朝越前守護で平泉寺を味方につけて厳しい戦いを勝ち抜いたといわれます。赤坂は豊原寺への北の入り口として栄え、現在でも中世の小銭などが発見されています。豊原寺の全盛期は丸岡町の赤坂、伏屋の辺りから南は小黒、山崎三ヶの辺りまでかなり大きな勢力があり栄えていましたが、幾度となく兵火 にあい、丸岡城が出来、時代とともに昔の面影はなくなっていきました。今も残る、これらの石碑に中世の赤坂を感じる事が出来ます。にほんブログ村 ■坂井市丸岡町に新しい神社を追加しました。 |
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